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ひょんなことからデルタ航空マイレージ『スカイマイル』の「マイラー」になってしまった私、YANABUのマイル獲得旅日記です。マイレージやその他旅の話題も取り上げていくつもりです。
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遥か彼方、地球の裏側ペルーへ2014.1
【マイル獲得旅日記】

今回は、ラルコ博物館見学後に行った昼食のペルー料理のブッフェについてアップします。

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《 第5日:2014.1.6 ⑥ 》
ラルコ博物館からタクシーでサンイシドロ地区にあるレストラン『アロマスペルアノス』に向かいペルー料理のブッフェの昼食をとりました。

ペルー2014.1リマ・ペルー料理ブッフェ

『アロマスペルアノス』とは”ペルーの香り”という意味だそうで、ちょっと高級なレストランです。
時間が遅かったためか、お客さんの数はあまり多くありませんでした。

ペルー2014.1リマ・ペルー料理ブッフェ

ブッフェのため何度もテーブルを離れるので椅子には盗難防止用チェーンがついていました。
私なんか、食べ物のことになると、つい自分を忘れますもん。
そのような意地汚いところを狙う悪い輩がいるってことです。
ペルーではこのようなちょっと高級なレストランでも”油断大敵”です。

ペルー2014.1リマ・ペルー料理ブッフェ

ペルー2014.1リマ・ペルー料理ブッフェ

上が前菜などの冷たい料理、下がメインなどの暖かい料理のブッフェ台です、
遅い時間だったため新しい料理が補充されることはありませんでした、。

ペルー2014.1リマ・ペルー料理ブッフェ

”セビーチェ”やポテトサラダなど私がとった料理。
セビーチェ(ペルー風シーフードマリネ)は、私の嫌いなパクチー入りでしたが、けっこうおいしくいただけました。
塩辛のように見える蓮華にのっている料理は、タコのオリーブソースです。
不味い口にあいませんでした。

ペルー2014.1リマ・ペルー料理ブッフェ

アンテクーチョ(牛心臓の串焼き)、皿の真ん中の楕円形な揚げ物はパパリエーガ(ペルー風コロッケ)、マッシュポテトのようなタマール(ジャイアントコーンを潰して蒸したもの)です。
右のお皿は、クスコでも食べた”アヒデガジーナ”(辛い鶏のクリーム煮)

ペルー2014.1リマ・ペルー料理ブッフェ

海老のクリームリングイネ、”アロスコンマリスコス”(シーフードピラフ)。

ペルー2014.1ペルー料理ブッフェ

デザートは、左の皿は、”クレーマボルティアダ”。木綿豆腐より硬いプリンです。
右の皿の白いものは”アロスコンレーチェ”(お米のデザート)、紫のものは、”マサムラ”(紫とうもろこしのデザート)

時間的に遅かったので新しい料理が補充されることがなかったためか、全体的に”いまひとつ”というのがこのレストランに対する感想です。
この後、再びタクシーでホテルへ向かいました。
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【2014/05/31 12:23】 | ペルー2014.1
【タグ】 ペルー  リマ  ペルー料理ブッフェ  
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遥か彼方、地球の裏側ペルーへ2014.1
【マイル獲得旅日記】

今回は、前回に引き続きリマ市内のラルコ博物館についてアップします。今回は、館内の展示の様子です。

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《 第5日:2014.1.6 ⑤ 》
ペルー2014.1リマ・ラファエルラルコ博物館

展示室入口の博物館創設者ラファエル・ラルコ・エレラについての展示。
実業家の彼が父親からもらったたった一つの土器から始まった彼のコレクションは、今やこの博物館に発展しました。

ペルー2014.1リマ・ラファエルラルコ博物館

海外の博物館見学でもっとも問題になるのは言葉です。
ここペルーはスペイン語圏です。英語でさえおぼつかないのにスペイン語なんかもってのほか。
でも、ここのすばらしいところは、スペイン語や英語以外でもこのような各国語の説明シートが備えつけられていること。
もちろん日本語のシートもあります。(小さな”日の丸”が見えるでしょ)

ペルー2014.1クスコ・ラファエルラルコ博物館

見学前には例のところ(トイレ)に行っておかないとゆっくり見られません。
これがその入口。男女の区別が一目瞭然の上、この博物館らしくて実にユニークです。

ペルー2014.1リマ・ラファエルラルコ博物館

ここは考古学博物館ですが、展示がなんとなくスタイリッシュ。

ペルー2014.1リマ・ラファエルラルコ博物館

プレ・インカの土器の数々。実に人間味豊かな表情しています。

ペルー2014.1リマ・ラファエルラルコ博物館

ちょっと写りこみが激しく、いま一つの写真ですが、なんともかわいいプレインカの土器です。

ペルー2014.1リマ・ラファエルラルコ博物館

これは、インカ時代の『キープ』というものです。
文字を持たなかったインカの人々にとってこの『キープ』が記録のためのツールでした。
紐の結び目で数を表し、紐のい色や位置で様々な情報も記録したといわれるそうです。

ペルー2014.1リマ・ラファエルラルコ博物館

4~500年ほどを経てもいまだに色鮮やかなプレインカの織物。

ペルー2014.1リマ・ラファエルラルコ博物館

こちらはスペイン植民地時代の絵。ここにはこのような展示品もあります。今でも充分オシャレです。

ペルー2014.1リマ・ラファエルラルコ博物館

金色に輝く装飾品の数々。これらは主に耳かざりや、胸を飾る装飾品などです。

ペルー2014.1クスコ・ラファエルラルコ博物館

冠、鼻飾り、胸を飾る装飾品など。
スペインの征服者たちは、ペルーのこのような宝飾品を大量に奪い去りました。
そしてその多くを溶かし、本国に持ち込みました。そのためインフレが起こったともいわれるそうです。
でもなぜ、彼らはこのようなすばらしいものをそのまま持ち帰らなかったのでしょうか。
芸術的価値を見いだせなかったのもあるかもしれませんが、一番の目的は公平なj報酬の受領です。
彼らは、予め決められた割合の成功報酬を受け取ることになっていたらしいのですが、
加工された貴金属では正確な量を受け取ることが難しかったため、溶解してしまった、というのが実態。
なんとももったいない話しです。
以上、私が、事前学習で得た知識でした。

ペルー2014.1クスコ・ラファエルラルコ博物館

展示の最後を飾るのはすばらしいプレインカの黄金の装飾品。でもこれレプリカなんです。
ところで宝飾品展示には持ち出された金銀は、さほどの量ではなかった、という解説がありました。
というのもインカやプレインカの文明の人々は、金属加工の技術に長けていて
つまり、金も純金ばかり使用して黄金色の装飾品を作っていた訳ではないし、薄く薄く延ばす技術もあり、
少ない金銀などでより多くの装飾品を生み出していたのだそうです。
だから、持ち出された量は思いのほか少ないというのです。
いずれにしろ、インカ・プレインカの人々の技術力の高さとスペイン人が宝飾品の多くを溶解してしまったことは
間違いないようです。
この展示の横は、展示室の出口でした。(出口がガラスに写りこんでいます)
ペルーにはインカ文明以前にも実に人間味豊かで高度な文化を持つ時代があったということをこの博物館で知ることできました。

ペルー2014.1クスコ・ラファエルラルコ博物館

展示室の出口。このベンチで一休み。まったりとした気持ちのいいひと時でした。

ペルー2014.1リマ・ラファエルラルコ博物館

展示室出口の向かい側にある別棟の倉庫。特に説明がついているわけではないのですが、これだけ土器が並ぶと圧巻です。
自由に撮影させてくれるこの博物館ですが、この倉庫の一角には”撮影禁止”の部分もあります。
なぜなら”公序良俗”に反するから。

このラルコ博物館、充分に堪能させていただきました。
すばらしい展示品の数々は、入場料30ソルの価値、いやそれ以上の価値があると思います。
もし、リマを訪ねることがあれば、このラルコ博物館と天野博物館は、是非とも行ってみてください。

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【2014/05/28 23:24】 | ペルー2014.1
【タグ】 ペルー  リマ    ラファエルラルコ博物館  
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【マイル獲得旅日記】

今回は、リマ市内のラルコ博物館についてアップします。

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《 第5日:2014.1.6 ④ 》
11時30分ごろリマ空港に到着後、クスコ・マチュピチュの荷物を持ったままタクシーでラルコ博物館へ向かいました。
ラルコ博物館は、正式にはラファエル・ラルコ・エレラ博物館と言い、モチェ文化などのプレインカの文物を展示している博物館です。

<ペルー2014.1リマ・ラファエルラルコ博物館

ゲートをくぐると右手にミュージアムショップがあり、左手のこのスロープを進むと博物館入口があります。
白い建物にブーゲンビリアなどの花々が映え、とてもきれいです。

ペルー2014.1クスコ・ラファエルラルコ博物館

スロープを登り、振り返ってみました。ミュージアムショップがみえます。

ペルー2014.1リマ・ラファエルラルコ博物館

ペルー2014.1リマ・ラファエルラルコ博物館

博物館入口です。建物は、スペイン植民地時代の副王の邸宅を模したそうです。
ペルー国旗がはためいています。

ペルー2014.1リマ・ラファエルラルコ博物館

ラルコ博物館の入場券です。入場料は、30ソル(≒1,150円)、ちょっと高い?
と、思ったのは、この時だけ。中を見て実に価値ある30ソルでした。
ところでこの入場券にデザインされているのは『ディズニーのスティッチ』ではなく
モチェ(プレインカ)時代のジャガーを模った冠。
でもやっぱり”スティッチ”にしか見えないのは、私が幼稚だから?

ペルー2014.1クスコ・ラファエルラルコ博物館

博物館入場券売場兼受付改札前にある、この博物館の創設者のラファエル・ラルコ・エレラのブロンズ。
彼が父親からもらった土器がコレクションの始まりだそうです。

ペルー2014.1リマ・ラファエルラルコ博物館

博物館受付(入場券売場兼改札)のすぐそばににあったベンチ。雰囲気がありますよね。絵になります。

ペルー2014.1リマ・ラファエルラルコ博物館

この先には何があるのかと博物館受付前のスロープを下りてみました。

ペルー2014.1リマ・ラファエルラルコ博物館

下りきってスロープを振り返ってみると、下は広い芝生のスペースが広がっていました。

ペルー2014.1リマ・ラファエルラルコ博物館

芝生の向こうにあるのがラルコ博物館のレストラン。
緑に囲まれたこんなレストランでお昼ごはんを食べたら、より一層おいしく感じられるにちがいありません。
そこで今から食べられるか聞いてみたら予約でいっぱいだって。残念!。

ペルー2014.1リマ・ラファエルラルコ博物館

博物館の庭の一角にあったサボテン。ちょっと変わったかんじでしょ。
そして、館内に入り、展示品の数々を見ました。


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【2014/05/26 21:19】 | ペルー2014.1
【タグ】 ペルー  リマ  ラファエルラルコ博物館  
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【マイル獲得旅日記】

今回は、クスコからリマまでのラン航空ペルー国内線の搭乗についてアップします。

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《 第5日:2014.1.6 ③ 》
アルマス広場周辺の散策を楽しんだ後、ホテルを8時過ぎにチェックアウトし、タクシーで空港へ向かいました。
空港までは、タクシーで10分程です。

ペルー2014.1クスコ空港

クスコ空港は、リマ空港ほど混雑していませんでした。
優先チェックインカウンターではないけれど、さほど時間もかからずスムーズにチェックインは完了しました。

ペルー2014.1クスコ空港

搭乗ゲートのある2階へエスカレーターで向かいます。インカの黄金のモニュメントが、お見送りです。

ペルー2014.1クスコ空港

 セキュリティーチェックを終え、搭乗エリアに入ります。チェックインもスムーズに終わったので出発までたっぷり時間があります。
 ベンチといくつかのお土産屋さんなどのショップがあるだけであまり賑やかではなく、むしろちょっと寂しい感じがします。
ウィンドーショッピイングもすぐに終わってしまい、搭乗までの間、ちょっと時間をもてあましてしまいました。

ペルー2014.1クスコ空港

リマまでは午前10時発ラン航空2115便に乗ります。帰りは、ボーディングブリッジから搭乗でした。
便は、ほぼ定刻に出発しました。

ペルー2014.1ラン航空リマ行き

座席は、前方の窓側、2-Aでした。行きと同じエコノミーですが、なぜかシートピッチが少し広い座席でした。この座席は、ラン航空のエコノミーコンフ-ォート(プレミアムエコノミー)?

ペルー2014.1ラン航空リマ行き機内食

機内サービスは、飲み物と箱入りお菓子。飲物は、コーヒーをお願いしました。
箱の中のお菓子は、くらっかー、ピーナッツ、クワックワ。
クワックワは、ペルー版キットカット、中にウェハースの入ったチョコレートです。

ペルー2014.1ラン航空リマ行き

また、アンデスの山々を越えてリマに戻ります。
行きの便と違い雪を頂いた山は見ることができませんでした。

ペルー2014.1ラン航空リマ行き

リマに近づくと飛行機は、海岸沿いを飛びました。ちょっとモヤっていて視界が鮮明でなかったのが残念でした。

ペルー2014.1ラン航空リマ行き

リマ空港には、ほぼ定刻午前11:30ごろに到着しました。

ペルー2014.1リマ空港ラン航空

リマに到着したエアバス319型機のラン航空2115便。

ペルー2014.1リマ空港

リマ空港の到着口。さすが首都の空港だけあって賑やかです。

到着後、タクシーでホテルへ向かいました。ホテルは、到着時と同じ「リベルタドール」です。

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【2014/05/24 10:53】 | ペルー2014.1
【タグ】 ペルー  ラン航空  ペルー国内線  ラン航空リマ行  
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遥か彼方、地球の裏側ペルーへ2014.1
【マイル獲得旅日記】

クスコを離れリマに戻る前にアルマス広場を少し散策しました。高地にも慣れてきたようです。

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《 第5日:2014.1.6 ② 》
一昨日のクスコ到着時にはさらっと観光したため、というか地元ガイド氏が適当に案内したため、見残したところがあり、朝食後、アルマス広場周辺を徒歩観光しました。

ペルー2014.1クスコ・アルマス広場

アルマス広場に面して建つ『カテドラル』。こちらもインカ時代の神殿を取り壊して建てたそうです。

ペルー2014.1クスコ・アルマス広場

ペルー2014.1クスコ・アルマス広場

『カテドラル』入口。中は”写真撮影禁止”なので写真はありません。
中ではちょうど朝の礼拝が行われていました。
なぜか礼拝に来ている人の多くが人形などを入れた籠を持っていました。
この日、1月6日は、クリスマスツリーを片付ける日で、ツリーに飾った人形などを持ってきて”神父”さんに祝福してもらうのだそうです。

ペルー2014.1クスコ・アルマス広場

『カテドラル』から出てきて、見る方向を変えて1枚。こちらからだとまた違った趣があります。

ペルー2014.1クスコ・アルマス広場

『ラ・コンパーニア・デ・ヘスス教会』。こちらもまたインカ時代の宮殿を取り壊して建てましたが、その後の大地震で崩壊し、その後、再建されたとか。
人さま(インカ)が建てたものをぶっ壊して建てたりするから壊れるんだ、って言い過ぎかしら。

ペルー2014.1クスコ・アルマス広場

『アルマス広場』からクスコの街並みを眺めます。

ペルー2014.1クスコ・アルマス広場

『アルマス広場』には色とりどりのな花々が植えられています。正直、こんなきれいに整備されているとは思いませんでした。

ペルー2014.1クスコ・アルマス広場

ペルー2014.1クスコ・アルマス広場

その『アルマス広場』の中心にある噴水。
噴水の中央には、インカ皇帝像と思われる像が建っています。インカ初代皇帝”パチャクティ”とも言われますが、正確なところはわかりません。
もっとも”パチャクティ”自体、伝説上の皇帝とも言われていますが。

ペルー2014.1クスコ・宗教博物館

そしてもう一か所、見落としていたところを見るために『アルマス広場』から少し歩いてここへ。この奥には12角石がありますが、そこは一昨日、既に見ています。今日、目指すところは”ここ”でありません。
ちなみに、この通りは、『ハトゥンルミヨック通り』で奥に入口が見える建物は、『宗教博物館』だそうです。

ペルー2014.1クスコ・14角石

ペルー2014.1クスコ・14角石

で、来たかったのは、。『12角石』より”2角”多いここ『14角石』。知らないと通りすぎてしまうぐらい小さい。
しかし、インカ時代より後に作られたという説もあるとか。

ペルー2014.1クスコ・石組みロカ通り

『14角石』からすぐのところにある『ロカ通り』。朝早いので人通りもほとんどなく、インカの時代にタイムスリップしたかのようにさえ、思えます。
そしてホテルへ戻ります。

ペルー2014.1クスコ・石組みハトゥンルミヨック通り

ホテルへの道すがら通った、『ハトゥンルミヨック通り』。先ほどとは違う撮影場所なので、ちょっと雰囲気が違います。

ペルー2014.1クスコ・石組みロレト通り

こちらもホテルへの道すがら通った『ロレト通り』。ここらの石組みは、実に美しい造形美です。

ホテルへ戻り、クスコ空港へ向かうことにしましょう。

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【2014/05/22 00:04】 | ペルー2014.1
【タグ】 ペルー  クスコ  アルマス広場  14角石  
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遥か彼方、地球の裏側ペルーへ2014.1
【マイル獲得旅日記】

週末に所用で関西へ出かけ、アップの間隔がちょっと空いてしまいました。さあ、がんばらないと。
さてペルー旅行記は、クスコを離れリマに戻る行程の部分となりますが、
その前に今回は、ホテル『カーサアンディーナ・クラシック・クスコプラザ』での朝食とそのホテルについてアップします。

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《 第5日:2014.1.6 ① 》
この朝、午前6時ごろに起床し、身支度の後、朝食を取りにホテルのレストランに向かいました。

ペルー2014.1クスコ・ホテル

ここホテルの朝食レストランは、シンプルですが、どこかインカの雰囲気を漂わせる、そんなレストランでした。

ペルー2014.1クスコ・ホテル

このレストランは、クスコの街並を見ながら朝食を取ることができます。
アルマス広場の「ラ・コンパーニア・デ・ヘスス教会」の鐘楼も見えます。
こんなレストランで食べると朝食もよりおいしく感じられるのではないでしょうか。

ペルー2014.1クスコ・ホテル

朝食は、暖かいものはスクランブルエッグとここに写っていないパンケーキぐらいでチーズ、ハムなどのコールドプレートが中心でした。
パンは、写っている丸いパンのほかに食パンぐらいで種類は多くありません。

ペルー2014.1クスコ・ホテル

フレッシュフルーツは、マンゴ、メロン、ぶどう、バナナの4種類が用意され、それぞれ小さくカットされています。
リマのホテルになかった”ぶどう”や”バナナ”があります。私的には、マンゴがあれば満足です。

リマへの飛行機は、午前の便なので、朝食を終え、空港へ行くまでに”アルマス広場”周辺をちょっと散歩しました。
その件は次回にアップすることにして、今回は宿泊した『カーサアンディーナ・クラシック・クスコプラザ』(★★★)についてアップします。

ペルー2014.1クスコ・ホテル

『カーサアンディーナ・クラシック・クスコプラザ』(★★★)は、アルマス広場にほど近いスペイン時代の建物を利用したホテルです。

ペルー2014.1クスコ・ホテル

ペルー2014.1クスコ・ホテル

『カーサアンディーナ・クラシック・クスコプラザ』ホテルの入口。ホテル名の看板も古都”クスコ”を意識したデザインです。

ペルー2014.1クスコ・ホテル

フロントのカウンターもクスコ街のあちこちに残るインカの石組みをデザインしているのでしょうか。
チェックインをしている時には、「コカ茶」をサービスしてくれました。

ペルー2014.1クスコ・ホテル

現代の先住民達の楽しげな様子が描かれた絵とゲストブック。ゲストブックにサインは残してきませんでしたけど。

ペルー2014.1クスコ・ホテル

良く言えば実にシンプルでクラシックな客室。口の悪い人だと清潔だけどオンボロって言われちゃうかもしれません。
でも私的には近代的なホテルより好きです。だってクスコらしいでしょ。

ペルー2014.1クスコ・ホテル

いくら名前がクラッシックだっていまどきこんなカギないよなあ、と思わず撮ってしまった客室のカギ。
安アパートのカギみたい。

ペルー2014.1クスコ・ホテル

部屋は2階なのですばらしい眺望とはいきませんが、クスコの街並みが眺められます。


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【2014/05/19 22:44】 | ペルー2014.1
【タグ】 ペルー  クスコ  クスコのホテル  
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 クスコの夜についてアップします。
 単に夕食と夜景を楽しむために出かけただけですけど。

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《 第4日:2014.1.5 ⑧ 》
ペルーレイルのバスターミナルから迎えの車に乗り、アルマス広場にほど近い、ホテル・カーサアンディーナクラシコへチェックインしました。
そして夕食を取るため外出することにしましたが、一昨日の到着日ほど酷くはないものの、高地の影響であまり調子は良くありません。
なるべくホテルから近いレストランにすることにしました。

ペルー2014.1クスコレストラン

選んだレストランは、アルマス広場のすぐ近くのここ『プカラ』。
日本人オーナーシェフの店だそうです。
某旅行雑誌に紹介されていました。この手の雑誌に紹介されているからといって必ずしも(私にとって)良いレストランであるとは限らないのですが、このレストランは”ビンゴ!!”でした。

ペルー2014.1クスコレストラン

店内は、木のテーブルで落ち着いた雰囲気です。
そこそこのお客の入りで、日本人観光客の姿もありました。

ペルー2014.1クスコレストラン

食前の飲物は、”インカコーラ・ゼロ”。
いつもより泡立っているような気がするのは、標高が高いためでしょうか。
普通のインカコーラは、甘すぎるとの声があるようですが、ゼロの方はそれほどでもないように思います。
ちなみに飲めない私は、日本では食前の飲物を頼まないことが多いのすが、欧米では、ソフトドリンクでもオーダーするのが常識らしいです。

ペルー2014.1クスコレストラン

夏とはいえ、高地ですから結構冷え込んでいました。
そこでまず、頼んだのがこの『ポテトスープ』です。
ボールにたっぷりと入っていて、熱々でとってもおいしいスープでした。
お値段15ソル(≒470円)です。

ペルー2014.1クスコレストラン

これは、アボガドトとポテトのサラダ。想像通りのお味。

<ペルー2014.1クスコレストラン

本日のメインデッシュの『アヒ・デ・ガジーナ』です。ペルーの代表的料理のひとつです。
”アヒ”は、トウガラシ、”ガジーナ”は、鶏という意味です。
トウガラシが入っていますが、ほどよい辛さ。とてもおいしい料理でした。お値段25ソル(≒850円)

夕食後、アルマス広場周辺をブラブラし、ファストフード店でアイスクリームを食べ、ちょっとスーパーマーケットなどを見てホテルへ戻りました。
アルマス広場の夜景は、とても素敵でした。

ペルー2014.1クスコ夜景

アルマス広場から見た『カテドラル』。建物がライトアップされ、とてもきれいです。

ペルー2014.1クスコ夜景

同じくアルマス広場から見た『ラ・コンパーニア・デ・ヘスス教会』です。広場にはこんな光のオブジェがいくつか飾られています。

ペルー2014.1クスコ夜景

アルマス広場の中心には皇帝像と噴水があります。夜もよほど遅い時間でもない限り、観光警察がいて、観光客をも見守ってくれます。

ホテルへ戻りベッドに倒れこむように眠りに入りました。
次回は、クスコのホテルとその朝食についてアップの予定です。

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【2014/05/16 03:23】 | ペルー2014.1
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遥か彼方、地球の裏側ペルーへ2014.1
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 前回に引き続きマチュピチュからクスコへの帰路についてアップします。

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《 第4日:2014.1.5 ⑦ 》

ペルー2014.1マチュピチュ駅

ゲートを通るとマチュピチュ駅舎が見えてきました。
昨日着いた駅とは明らかに違います。たぶん昨日着いたのは旧駅だと思います。

ペルー2014.1マチュピチュ駅

駅舎の中に入ると待合室は、各国の観光客であふれていました。片隅には、軽食や飲み物を扱う売店などもありました。

ペルー2014.1ペルーレイル列車

この青いディーゼル機関車が、列車を牽引します。乗車前に先頭まで走っていって撮って来ました。

ペルー2014.1ペルーレイル列車

ディーゼル機関車のヘッドマークにも客車の横にもついている”ペルーレイル”のシンボルマーク。
ワイナピチュ(マチュピチュのシンボルともいうべき山)、リャマ、コンドル、インカの石組みがデザインされています。

ペルー2014.1ペルーレイル列車

いよいよ乗車です。乗車する際には乗車券とパスポートを提示して乗車します。
係員がそれぞれ一人一人確認するので、乗るまでにけっこうな時間がかかり、ちょっとイライラします。
座席は全席指定ですので焦ることないのですが、早く席につき、ゆったりしたいので乗車する皆さん、同じ気持なのではないかと思います。
でも実は、乗ってからもイライラがあるのです。
それは、乗車券発券時の座席指定がけっこういい加減で二人で乗車しても席がバラバラだったりするのです。
そこで同行者同志でいっしょに座れるようあちこちで席の交換、移動が行われることになり、”ひと騒動”が起こる訳です。
そしてその席の交換が終わるころ、定刻15時20分、列車は、マチュピチュ駅を離れました。

ペルー2014.1ペルーレイル列車

帰路の車両は、『ビスタドーム』という行きの車両『エクスペディション』よりワンランク上の車両です。
4人向かい合わせで2席の間にはテーブルがあります。
乗車時にテーブルにはランチョンマットが敷かれ、ナイフとフォークがセットされていました。
座り心地、シートのゆったり感は、昨日の『エクスペディション』とたいして変わらないような気がします。
『ビスタドーム』というだけあって窓と天井は、昨日より大きいようです。

ペルー2014.1ペルーレイル列車

向かい側の席には、昔、青森の三沢基地にいたとうアメリカ人の老夫婦でした。英語の得意でない私、このような場合、とたんに無口になります。
それにしても車窓から眺める川は、茶色の荒れ狂ったような流れです。
今は雨季で雨の多い季節とはいえ、いつもこのような流れなのでしょうか。

ペルー2014.1ペルーレイル列車

発車してしばらくすると、ピーナッツ・レーズン、串刺しほおずき、トゥローン(ココナッツのお菓子)がのったこの白いプレートが配られ、飲み物(コーヒー)がサービスされました。
飲み物も紙コップではなく、陶器のカップです。おいしいコーヒでした。さすが、ワンランク上です。
ところで串刺しの丸い黄色いものが”ほおずき”とどうしてわかったかは思い出せません。アメリカ人夫婦が教えてくれたんだっけかなあ。
それにしても”ほうずき”を食べたのは初めて食べたような・・・。

ペルー2014.1ペルーレイル列車

白いプレートの半分には何もなく、コーヒーカップを置くスペースかな、と思っていたら、ピザが配られました。
味は、まあまあでしたが、もっと熱々だったらもっとおいしくいただけたのに。

ペルー2014.1ペルーレイル列車

ペルー2014.1ペルーレイル列車

食後には、ペルーのお祭りの装束を身に付けた乗務員が、民族音楽が流れる中、車内を回ります。
ペルーの”なまはげ”っていったところでしょうか。
このようにお客さんとも踊ったりします。

ペルー2014.1ペルーレイル列車

ペルー2014.1ペルーレイル列車

そして”ペルーのなまはげショー”の後には、乗務員によるアルパカ製品の”ファッションショー”があります。
この”ファッションショー”で乗務員が着て見せたアルパカ製品は、この場で販売もされます。
まあ”ファッションショー”というより”展示即売会”といった方が良いかもしれません。
アルパカ製品は、それ相当のお値段で、貧乏な私には、簡単に買えるようなものではありませんでした。
ペルーレイルの乗務員は、美男美女で販売能力があることが条件かもしれません。

ペルー2014.1ペルーレイル列車

行きで乗車したオリャンタイタンボの駅に停車してしばらく走ると列車は、ここ、バチャールとかいう駅で終点となりました。
どうやら雨季にはここからクスコまでバス代行となるようです。
雨季には、土砂崩れなどでしばしば不通になることから、予めこのような措置がとられるようです。
でも、ここは、駅といっても駅前にはバス用の駐車場があるだけです。

ペルー2014.1ペルーレイル連絡バス

このようにズラリと並んだバスに乗り、クスコへ向かいました。
ここからクスコまで2時間ほど、窮屈なバスにゆられ、クスコに着いたのは午後7時を過ぎていました。
着いたところは、クスコ中心から少し離れたペルーレイル専用のバスターミナルのようでした。
ここからお迎えの車に乗り、ホテルへと向かいました。

次回は、クスコのホテルと夕食についてアップします。

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【2014/05/13 23:33】 | ペルー2014.1
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【マイル獲得旅日記】

 マチュピチュ編もいよいよ終わりに近づきました。
 マチュピチュからクスコへの帰路についてアップします。

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《 第4日:2014.1.5 ⑥ 》
マチュピチュを離れる時間がきたようです。じっくりと遺跡を見ることができました。
でも、後でガイドブックなどを見ると見落としていた箇所もあったりして。
予習もしたし、現地ガイドさんもお願いしたんですが・・・。

<ペルー2014.1マチュピチュ

最後に、もう一度、振り返り、遺跡をしっかりと心に焼きつけ、出口に向かいました。

ペルー2014.1マチュピチュ・バス道

出口近くから見た麓の村から遺跡に通ずる『ハイラムビンガムロード』と名づけられた道路。
この道をシャトルバスが約30分かけて麓の村と遺跡を結んでいます。 

ペルー2014.1マチュピチュ駅遠景

同じく出口付近からマチュピチュ駅を望みます。
小さく青い列車が見えます。これから私が乗る列車でしょうか。

ペルー2014.1マチュピチュ・帰路バス待ちの列

バス乗場は、出口を出たすぐところにあります。バス乗場には、既に長い列ができていました。
ただ、バスはどんどん来るのでたいして待つことなく乗ることができました。 

ペルー2014.1マチュピチュ村

バスを降りた付近にあったインカ皇帝像。でもどの皇帝だったかは、確認するのを忘れました。

ペルー2014.1マチュピチュ村

ペルー2014.1マチュピチュ村

マチュピチュ村の中心を流れる”アグアスカリエンテス川”。
かつて『マチュピチュ村』は、『アグアスカリエンテス』と呼ばれていました。
昨夜来から雨の影響でしょうか、ものすごい流れになっていました。

ペルー2014.1マチュピチュ村

ホテルに戻りながら、マチュピチュ村内を少し散策しました。
村のアルマス広場にあるインカ皇帝パチャクティ像です。像の後ろにあるのは、村役場だそうです。

ペルー2014.1マチュピチュ村

泊まったホテルのすぐそばにあったこれ。なんだかわかりません。でもインカっぽいでしょ。

ペルー2014.1マチュピチュ村ホテル

本来であれば、昼食を取るところですが、あまり食欲がなかったので、ここホテルのロビーで休憩しながらスナック菓子などを食べて済ませてしまいました。
遺跡を半日休憩なしで歩き回ったので結構疲れました。

ペルー2014.1マチュピチュ駅入口

そして、ホテルに預けた荷物を引き取り、ここ『マチュピチュ駅』にやってきました。
ここからクスコ行き(実はクスコ行きではなかったことが後でわかることになるのですが・・・)の列車に乗ります。

次回は、ペルーレイルのクスコ行き列車内の様子をアップ予定です。

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【2014/05/11 01:18】 | ペルー2014.1
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【マイル獲得旅日記】

 今回は、ペルー旅行記マチュピチュ遺跡・番外編として遺跡のの中で見た植物・花をアップしてみました。

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マチュピチュ遺跡には『聖なる広場』のそばに『ミニ植物園』があります。
でもあまりお手入れが行き届いていないので、名札がついていなかったら、植物園とは思えません。

<ペルー2014.1マチュピチュ・植物

この写真ではなんだかよくわからいですが、これが『コカ』です。
コカは、高山病などに効果があるとされ、ペルーの高地ではお茶などになってどこででもお目にかかれます。
でも麻薬の『コカイン』の原料になるわけで、日本などではりっぱなご禁制の品。
持ち帰ればりっぱな前科者になれます。

ペルー2014.1マチュピチュ・植物

こちらもなんだかよくわからない木ですが、これは『チリモヤ』の木です。
『チリモヤ』といわれてもまだよくわからないという方が多いと思います。
実はとってもおいしい日本にはない果物の木です。

ペルー2014.1果物・チリモヤ

このような実がなります。切ると白くやわらかな果肉に黒い種。
味は、強いていうならカルピスみたいな味です。

『ミニ植物園』以外でも遺跡の中やインカ橋への道すがら等、ところどころで自生していた花々をみることができました。
アップした花々は、たまたま私の目に留まった名も知らぬ野の花です。

ペルー2014.1マチュピチュ・植物


ペルー2014.1マチュピチュ・植物


ペルー2014.1マチュピチュ・植物


ペルー2014.1マチュピチュ・植物


ペルー2014.1マチュピチュ・植物


ペルー2014.1マチュピチュ・植物


『シンガポール弾丸旅行』で今週はちょっとお疲れ気味のため、今日はここまで。
次回は、マチュピチュからクスコまでをアップの予定です。

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【2014/05/08 22:24】 | ペルー2014.1
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【マイル獲得旅日記】

 5月3~5日の間、”シンガポール弾丸旅行”のため前回のアップからちょっと日にちがあきました。その旅行記は、また後日、アップします。
 さて、今回も前回に引き続き、マチュピチュ旅行記です。
 いよいよ、というか、やっとマチュピチュのハイライトの風景のアップです。

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《 第4日:2014.1.5 ⑤ 》

 『コンドルの神殿』を最後に遺跡ガイドさんとの見学は終了しました。
 いまだ霧は晴れません。
 別れ際に遺跡ガイドさんは、今日のような感じだとお昼前には霧は晴れると思うと言っていました。

ペルー2014.1マチュピチュ・霧の市街地

 本来であれば、ここからあのマチュピチュの代表的な風景が見られるはずですが、霧であの”ワイナピチュ”の山は、まだ隠れたままです。
 遺跡ガイドさんの言葉を信じ、霧が晴れるのを待つ時間を利用して『インカ橋』を見に行くことにしました。

 
ペルー2014.1マチュピチュ・インカ橋受付

 『インカ橋』へは、この受付で名前、国名、出発時間を記入します。いろいろな国の方が来ていました。
 見学を終え戻ってきたら帰着時間を記入します。
 ここは特に予約は必要ありません。

ペルー2014.1マチュピチュ・インカ橋への道

 このような”インカ道”を片道約20分かけて『インカ橋』へ向かいます。
 かつてインカの時代にはこの道を”チャスキ”(インカ時代の飛脚)が駆け抜けていったのでしょうか。

ペルー2014.1マチュピチュ・インカ橋への道

 『インカ橋』までは極端なアップダウンはありませんが、石組みで作られた崖っぷちのような部分もあります。
 受付は、安全管理の側面もあるようですね。

ペルー2014.1マチュピチュ・インカ橋

 これが、『インカ橋』です。
 切り立った岩壁のような部分に石組みで道を作り、その一部にこのように木の橋を架けます。
 敵など侵入者があれば、この橋を落とし、侵入を防ぐ仕組みです。
 危険防止のため、橋の手前で立ち入り禁止となり、現代では渡ることはできません。

ペルー2014.1マチュピチュ

 『インカ橋』から戻ると、なんと、なんと、遺跡ガイドさんの言葉通り霧が晴れました。
 昨夜の到着時の大雨、小降りになったものの朝起き時はまだ雨は止んでいませんでした。
 もしかしたら、との思いがなかった訳ではありませんでした。
 でも、とうとう、やっと”この眺め”に出会うことができました。

ペルー2014.1マチュピチュ

 険しい山の尾根に広がる『マチュピチュ』。
 でもそのロケーションについては正しく認識されていないような気がします。私も行くまでいまひとつ理解していませんでした。
 この写真を見ていただければ下を流れる”ウェルバンバ川”からマチュピチュの遺跡がどのようなロケーションにあるのかが少しご理解いただけるのではないかと思います。
 麓の”ウェルバンバ川”とともに写っているマチュピチュの写真って意外と少ないように思います。

 
ペルー2014.1マチュピチュ・見張り小屋

 『インカ橋』から少し降りてきたところにある『見張り小屋』と呼ばれる建物。
 通常は、遺跡に入場したらまずここに来てあの眺めを楽しみますが、今回は霧が出ていたのでまず他の見どころを回りました。

ペルー2014.1マチュピチュ

 この『見張り小屋』からの眺めが『マチュピチュ』遺跡で一番すばらしく、一番有名な眺めです。
 マチュピチュの写真というと必ずここからの写真が使われます。 

ペルー2014.1マチュピチュ

 もう少し低い箇所からの遺跡。
 ところで、欧米からと思われる観光客の中には、遺跡に向かって座り自分の顔を写さず、その後姿を写真を撮っている人達が何人もいました。
 顔を出さないブログ用とか、どこぞの有名人・写真家がこのパターンで写したとか、この撮影パターンには何か特別な理由があるのでしょうか。
 不思議ですが、残念ながらその理由を聞くだけの語学力も勇気も持ちあわせておりません。

ペルー2014.1マチュピチュ・市街地入口

 『見張り小屋』からの眺めを堪能した後、時間に余裕もあったので少し遺跡をプラプラしました。
 遺跡ガイドさんは、ここを通りませでしたが、マチュピチュ『市街地への入口』といわれるポイントです。
 ”入口”といわれるだけあり、りっぱな石組みです。

ペルー2014.1マチュピチュ・技術者の館とワイナピチュ

 ガイドさんと回った時は高台からみた『中央広場』を歩いてみました。
 この写真は、遺跡ガイドさんは”大学のようなエリア”と説明しましたが、ガイドブックには『技術者の館』と説明があったエリアを”中央広場”からもたもの。聖なる広場の下あたりからの眺めです。
 『大学』とも『技術者の館』とも言われたエリアを見たときはどうもうまく撮れなかったのでここからの眺めをアップしておきます。

ペルー2014.1マチュピチュ・アンデネス

 更に『中央広場』を進み『農業試験場』あたりからさっきは霧に覆われていた『インティワタナ』の高台とその下に広がる”アンディネス”の眺めです。

 遺跡内は一方通行なので再び『聖なる岩』、『技術者の館(大学)』、『コンドルの神殿』付近を通り、先ほど遺跡ガイドさんと別れたあたりに戻ってきました。
 そろそろ『マチュピチュ』を後にしなければならない時間がきたようです。

次回は、「マチュピチュ遺跡番外編」のアップを予定しています。

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【2014/05/06 21:21】 | ペルー2014.1
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 前回に引き続き、マチュピチュ旅行記です。

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《 第4日:2014.1.5 ④ 》

ペルー2014.1マチュピチュ・農業試験場

 『中央広場』を見ながら『インティワタナ』の高台から降りてきました。
 ここは、『農業試験場』といわれるところです。
 多種多様な植物が発掘されていることから、実験的な栽培がされていた『農業試験場』だと予想されています。
 雨はほぼ上がったものの、いまだ霧は晴れず、ワイナピチュもまだ霧に包まれています。
 
ペルー2014.1マチュピチュ・メイン広場から

 『農業試験場』から振り返ると『インティワタナ』の高台とそれに続くアンデネス(段々畑)。
 霧は、『インティワタナ』の高台すらその姿を隠してしまっています。

ペルー2014.1マチュピチュ・リャマ

 『農業試験場』のあたりには”リャマ”がいました。
 もともとマチュピチュにいたわけではなく、遺跡の草を食べさせるために放したそうです。 

ペルー2014.1マチュピチュ・聖なる岩

 『聖なる岩』といわれる1枚岩の巨石。
 今日は霧に隠れて見えませんが、インカの人々は、正面に仰ぐ山を聖なる山として崇めていたそうです。
 その山へ登る代わりにこの岩を山に似せて崇めたそうです。
 この写真の右端に少しだけ見える茅葺屋根が復元された建物は、休憩所として利用されています。

ペルー2014.1マチュピチュ・ワイナピチュ入口

 この『聖なる岩』の横には『ワイナピチュ』登山道の入口があります。小さな小屋のようなものがその入口です。
 登山は予約制で1日に7時からと、10時からの2回、各200人づつが入山できます。
 私は、ワイナピチュに登山するつもりはなかったので予約していませんでしたが、旅行社のミスで予約されていました。
 せっかくなので登ってみようと気になりましたが、天気も優れず足場も悪いとのこと、登って霧しか見えない景色も予想されます。ここは残念ですが、断念をしました。

ペルー2014.1マチュピチュ・魚に似ている石組み

 『聖なる岩』から次のエリアに進む途中で見た石組み。
 特にこれといった”いわれ”のあるものではありませんが、”魚”の形に似ていませんか?

ペルー2014.1マチュピチュ・三つ窓神殿とインティワタナの高台

 『技術者の館』地区から見た、『三つの窓の神殿』と『インティワタナ』の高台。『ワイナピチュの岩』も見えます。 

ペルー2014.1マチュピチュ・コンドル神殿

 そしてマチュピチュ遺跡でも見どころのひとつの『コンドルの神殿』。
 地面には、くちばしと頭部をかたどった石が置かれ、背後には2つの巨大な岩が翼をかたどっています。
 翼の岩が黒くなっているのは、遺跡の木々を焼き払ったときの痕跡だそうです。

ペルー2014.1マチュピチュ・コンドル神殿

 翼の上には、このような巧みな石組みがあります。
 こんなところに石を組めるなんて、インカの石組みの技術力の高さが良くわかります。

ペルー2014.1マチュピチュ・コンドル神殿

 『コンドルの神殿』を遠くから眺めてみました。
 この木のあたりですよ。金製品が発掘されたというのは。

ペルー2014.1マチュピチュ・水場

 マチュピチュ遺跡内にはこのような『水場』が残り、今も水が流れています。
 遺跡の保存作業員が手や靴の泥を流していました。
 現代でもりっぱに役だっています。

次回は、いよいよマチュピチュの代表的な風景をアップします。

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【2014/05/02 23:39】 | ペルー2014.1
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【マイル獲得旅日記】

 前回に引き続き、マチュピチュ旅行記です。
 なにか兵庫県の竹田城が日本のマチュピチュとしても話題になっているとか。こちらは本物、元祖マチュピチュです。

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《 第4日:2014.1.5 ③ 》

皇帝の部屋を出て、現地ガイドは少し上のエリアに案内しました。

ペルー2014.1マチュピチュ・石切り場

 そしてこの『石切り場』と言われるエリアに来ました。マチュピチュ建設に使われた石材は、ここから供給されたと言われ、そのため『石切り場』と呼ばれます。

ペルー2014.1マチュピチュ・石切り場

 少し離れたところから見て見ると、大小様々な岩が散乱しているのがわかります。
 インカの人々は、巨岩の割れ目に、木の棒を差し込み、それに水を含ませ、その膨張を利用して割っていたそうです。 

ペルー2014.1マチュピチュ・石切り場からコンドル神殿

 『石切り場』あたりから『コンドルの神殿』方面を望みます。確かあの木の下あたりからマチュピチュで唯一金製品が出土したとか。
 もしかしたら、小さなものぐらいなら今でも見つかるのではないか、とふっと思ってしまいました。”貧乏根性丸出し”というか、お恥ずかしい限りです。

ペルー2014.1マチュピチュ石切り場

 周遊路を先に進み、振り返って見た『石切り場』。谷底に向かってアンデネス(段々畑)が作られています。

ペルー2014.1マチュピチュ・三つの窓の神殿

 『三つの窓の神殿』と言われる建物です。この窓は東向きに作ら、夏至の日の出の位置を示しているそうです。窓の向かい側にある岩は、その影が神聖な形を作るそうです。

ペルー2014.1マチュピチュ・聖なる広場と神官の館

 『三つの窓の神殿』に隣接して建つ『神官の館』と台座のような”生贄台”。この生贄台を取り囲むように三方に『三つの窓の神殿』、『主神殿』、そしてこの『神官の館』が建っていて、ここを『聖なる広場』と呼びます。
 かつてはここで様々な宗教儀式が執り行われていたのでしょう。

ペルー2014.1マチュピチュ・主神殿

 そしてこれが『聖なる広場』を取り囲む三つの建物のひとつの『主神殿』です。
 マチュピチュにしては珍しく石組みが崩れています。
 これは、この崩れたところに木が生えて、その木の成長により崩されたそうです。
で、その木はどうしたのかと言うと焼払われたそうです。
 ハイラム・ビンガムは、ジャングルと化していたマチュピチュを発見後、木々を焼き払ったそうで、その時に燃やされてしまったのでしょう。
 この行為のため貴重な遺跡の一部が破(汚)損、してしまったそうです。ハイラム・ビンガムが、考古学者や歴史学者と呼ばれず、探検家と呼ばれる所以でしょう。
 ちなみに地震による地盤沈下により崩れたという説もあるそうですが、ここだけ地震で崩れるというのも少し説得力に欠けるような気がします。

ペルー2014.1マチュピチュ・ワイナピチュの岩

 『主神殿』から『インティワタナ(日時計)』のある丘へ向かう途中にある『ワイナピチュの岩』。
 マチュピチュの象徴ともいう”ワイナピチュ”の山の形に彫った”岩”です。この岩の後ろに本物の”ワイナピチュ”があるのですが、霧に隠れていて、残念です。 

ペルー2014.1マチュピチュ・インティワタナの丘

 『インティワタナ』は、ここを登ったところにあります。マチュピチュで最も高い位置にあります。

ペルー2014.1マチュピチュ・インティワタナの日時計

 これが『インティワタナ』です。中央の角柱の角は、正確に東西南北を示しています。日時計と言われますが、正確な使用方法はわかっていないそうです。
 ここはパワースポットとしても有名だそうですが、心ない者がこの『インティワタナ』を破損したため、以前は、手を触れることができましたが、現在は、監視員がいてロープに囲まれています。
 ロープの外側からでも手をかざすと、なんとなーくパワーがみなぎってくるような気がします。
 あくまで個人的な感想です。

ペルー2014.1マチュピチュ・メイン広場

 『インティワタナ』から中央広場を望みます。いまだ霧は晴れません。

ペルー2014.1マチュピチュ・インティワタナから

 『インティワタナ』から中央広場とは反対側を見ると谷底に向かってアンディネス(段々畑)が続いていました。このアンディネス自体を作るのも大変だったと思いますが、収穫も大変だったのではないでしょうか。

次回もマチュピチュ編をアップの予定です。

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【2014/05/01 21:24】 | ペルー2014.1
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